虚空蔵菩薩を知る入口は「名前」と「役割」

虚空蔵菩薩と聞くと、「記憶力が上がる仏さま」という話を思い出す人が多いかもしれません。でも実は、虚空蔵菩薩は“暗記の神さま”に収まらない、知恵と福徳の大きなテーマを持った菩薩です。この記事では、文化財の解説や寺院公式の説明を手がかりに、虚空蔵菩薩は何の仏様なのか、ご利益をどう理解すれば誇張にならないのか、十三参りがなぜ虚空蔵と結びつくのかを、やさしい言葉で順に確かめていきます。読み終わったあと、参拝や勉強の向き合い方が少し整う内容を目指しました。
「虚空」と「蔵」——言葉の意味だけで輪郭が出る
虚空蔵菩薩は、まず名前がわかりやすい仏さまです。「虚空」は、空や宇宙のように果てしなく広いこと。「蔵」は、宝物をたくわえる場所です。文化遺産オンラインの解説でも、虚空蔵は「虚空のように無限の徳や知恵をもつ」という意味だと説明されています。
ここで大切なのは、「広い」の中身です。広いというのは、何でも入れてごちゃごちゃ、ではありません。必要なものが、必要なときに取り出せるくらい、たっぷりある。そういうイメージです。だから虚空蔵菩薩の話は、いきなりご利益の話に飛ぶより、「自分は何をたくわえたいのか」を決めるところから始めると、ぐっと読みやすくなります。
受験、資格、仕事、部活、習い事。ジャンルは違っても、結局は「覚える」「理解する」「続ける」が土台です。虚空蔵菩薩は、その土台を支える存在として信仰されてきた。まずはここを、ゆっくり押さえておきます。
何の仏様?を一文で言うなら「知恵と福徳」
「虚空蔵菩薩は何の仏様?」と聞かれたら、一文でこう言えます。虚空蔵菩薩は「虚空のように広大無辺の知恵と福徳を持ち、それを人々に与える菩薩」です。e国宝の解説には、虚空蔵菩薩が福徳と智慧をもち、それを人びとに与え、願いをかなえるという説明があります。
ここでいう知恵は、テストの点数だけの話ではありません。覚えたことを必要なときに思い出す、迷っても判断の軸に戻る、続けるために段取りを整える。そういう「使える知恵」です。福徳も、いきなり大金が舞い込む、というより、無駄な消耗が減り、良い縁が回りやすくなる、という方向で感じる人が多いでしょう。
知恵と福徳は両輪です。知恵があっても余裕がなければ続かない。福徳があっても判断が鈍れば活かせない。虚空蔵菩薩は、この二つを同時に支える仏さまだと理解しておくと、願い方がぶれにくくなります。
8世紀ごろから支持された背景にあるもの
文化遺産オンラインの解説では、日本の仏教で8世紀ころから虚空蔵菩薩を信仰するようになり、その後も広く支持された、と説明されています。
なぜ広がったのか。そこも同じ解説に書かれています。虚空蔵菩薩を本尊とした修行を行うことで、無限の記憶力を増進できると考えられたことが、信仰が広がった大きな理由だと述べられています。
ここを現代の感覚だけで「すごい」「不思議」と片付けると、もったいないです。当時は、学びは「覚えて唱える」「覚えて使う」が中心でした。覚えられること自体が力であり、仕事であり、資格であり、未来でした。だから「記憶」と「知恵」を扱う虚空蔵菩薩が、多くの人の願いを集めたのは自然です。
そして信仰の広がりは、像や絵の多さにも表れます。文化遺産オンラインは、日本に数多くの虚空蔵菩薩の彫像や画像が残ると述べています。作品が残るということは、それだけ「必要とされた」歴史があるということです。
「記憶力」と結びついた理由を誇張せずに説明する
「虚空蔵菩薩=記憶力アップ」とだけ言うと、話が軽くなりすぎます。大事なのは、その背景に「求聞持法(ぐもんじほう)」があることです。e国宝の解説では、虚空蔵菩薩が奈良時代から、記憶力を増進させる求聞持法の本尊として信仰されていた、と説明されています。
奈良国立博物館の教育記事では、求聞持法を行う人が山中など静かな場所で虚空蔵菩薩の絵を掲げ、陀羅尼を毎日続け、合計100万回唱える、という説明があります。
ここで大事なのは、修行の数字を「マネすれば効く」と受け取らないことです。これは本来、僧侶が環境と指導のもとで行う儀式・修行です。一般の生活に落とすなら、修行そのものより「集中と継続を積み上げる」という核を受け取るのが安全で現実的です。
つまり虚空蔵菩薩のご利益は「覚える力」だけでなく、「覚えるために集中を続ける力」にもつながる、と理解すると、誇張せずに強い読み方ができます。
先に外しておきたい、ありがちな誤解
虚空蔵菩薩の話で起きやすい誤解を、先にほどいておきます。
一つ目、「唱えれば何でも叶う」。真言や陀羅尼は、儀式や修行の文脈があります。結果だけを求めると、期待が暴走しやすいです。
二つ目、「暗記だけの仏さま」。文化遺産オンラインは記憶力増進の文脈を示しますが、同時に虚空蔵が無限の徳や知恵を持つ存在だと説明しています。暗記は入口にすぎません。
三つ目、「像は全部同じ」。密教では求聞持法と虚空蔵法があり、修法で図像が異なるとe国宝が述べています。四つ目、「空海の話は全部史実」。奈良国立博物館は、空海が求聞持法を行っていたこと、ただし誰から教わったかは確かでないことに触れています。伝承は伝承として扱うのが安全です。
五つ目、「ご利益は結果の保証」。ご利益は、行動の背中を押す形で現れることが多い。後半で、現代向けに“受け取り方”として整理します。
密教の世界では「修行の目的」で姿が変わる
求聞持法とは何か——一度読んだことを忘れない知恵
求聞持法は、「聞いたことを保つ」ための修行として説明されます。奈良国立博物館の教育記事では、虚空蔵菩薩の絵を掲げ、陀羅尼を集中して唱え続け、合計100万回唱えると説明されています。
さらに、唱え終えた後に日食・月食の日に再び陀羅尼を唱えながら「蘇」を作り、これを食べれば一度読んだ経典を忘れない知恵を得る、という説明も紹介されています。
ここで大事なのは、奇跡っぽい部分だけを切り取らないことです。静かな場所、決めた手順、毎日続ける。これは「集中と継続の訓練」です。だから現代では、求聞持法をそのまま真似るのではなく、「集中の型」として読み替えると役に立ちます。
たとえば、15分だけ机に向かい、終わったら必ず復習問題を1問解く。短いけれど毎日やる。これも「聞いたことを保つ」行いです。宗教の修行を生活に安全に落とすなら、こういう“小さな型”にします。
虚空蔵法とは何か——福徳を授かるための虚空蔵
密教では、虚空蔵菩薩は求聞持法の本尊であるだけでなく、「福徳にあずかる虚空蔵法」の本尊でもある、とe国宝は説明します。
そして重要なのが、目的によって姿が変わることです。同じ解説で「それぞれの修法で図像が異なる」と明言されています。
つまり虚空蔵菩薩は「一枚の固定キャラ」ではありません。何を願い、何を授かるかという目的に合わせて、表現が整えられてきました。
福徳を生活の中で実感しやすい形にすると、「余計な摩擦が減る」に近いです。予定が詰まりすぎて崩れる、体調を崩して学びが止まる、気持ちが散って続かない。こういう消耗が減ると、結果的に運が良くなったように感じます。虚空蔵法の文脈は、そうした「続けられる土台」に光を当てている、と理解すると誇張がありません。
「図像が異なる」を資料の言葉で確認する
図像の違いは、ネットの断定より、公的解説の言葉で確かめるのが安全です。e国宝の解説は、求聞持法と虚空蔵法を並べて示し、図像が異なると述べたうえで、掲載作品が虚空蔵法の本尊として用いられた、と説明しています。
もう一つ、求聞持法の本尊としての姿を説明するe国宝の別解説もあります。そこでは、白い大きな円形(月輪)中の蓮華の上に坐し、右手は掌を外に向け、左手は火炎宝珠の載った紅蓮華を持つ、といった具体的な姿が説明されています。
さらに奈良国立博物館のコレクション解説では、求聞持法本尊の図像に基本的には一致するが、円相の中に放射光を描かないなど相違もある、という慎重な説明が見られます。
結論は一つです。「虚空蔵菩薩は、目的・儀礼・作品ごとに表現が揺れる」。だからこそ、像を見て楽しい。違いを「間違い」ではなく「背景の違い」として読めると、参拝や鑑賞が深くなります。
月輪・宝珠・宝冠——絵の中のサインを読む
虚空蔵菩薩を見分けるサインとして、文化遺産オンラインは宝珠を持つ点を挙げ、「宝珠を持っていることによって虚空蔵菩薩であるとわかる」と説明しています。
一方e国宝の解説では、月を表す大きな円光の中に坐し、右手が与願印、左手の掌に宝珠、頭上に五仏宝冠、といった具体的なセットが説明されています。
ここで、実物を見るときの「順番表」を置きます。断定表ではなく、観察の質を上げるための表です。
| 観察の順番 | まず見るところ | そこから掴めること |
|---|---|---|
| 1 | 手に宝珠があるか | 虚空蔵の可能性が上がる |
| 2 | 円い光(円光・月輪)が強いか | 求聞持法本尊の表現で出やすい |
| 3 | 宝冠に五仏が表されるか | 密教的表現の手がかり |
| 4 | 手の形(与願印など) | 願いを受け止め与える表現 |
| 5 | 解説に「求聞持法/虚空蔵法」があるか | 目的が見えてくる |
宝珠は入口で、月輪や宝冠、そして解説の言葉まで拾うと、像の“使われ方”が見えてきます。ここまで来ると、仏像や仏画が「ただの美術品」ではなく、祈りの道具だったことがわかってきます。
空海の話はどこまで事実で、どこから伝承か
虚空蔵菩薩の話では、空海が若い頃に求聞持法を修した、という話がよく出ます。奈良国立博物館の教育記事は、空海が若き日にこの儀式を行っていたと述べつつ、誰から教わったかはわからない、と慎重に説明しています。
また、e国宝の解説には、空海が朝熊山の金剛証寺において同法を修したといわれ、本作品はその伝承に絡んで制作された性格も持つ、といった説明があります。
この書き方が大切です。史実として確かめられる部分と、信仰の中で語り継がれた部分を分ける。そうすれば、話は面白いまま、嘘になりません。
伝承は「作り話だから無価値」ではありません。伝承は、その土地の人が信仰を自分の物語として受け止めてきた証拠でもあります。だからここでは、空海の話を“虚空蔵が学びと結びついた強い物語”として扱い、断定を避けて紹介します。
仏像・仏画の見方:宝珠だけ見て終わらない
「宝珠」を見たら次に見る場所
宝珠は、虚空蔵菩薩を見分ける大きなヒントです。文化遺産オンラインは、宝珠を持つことで虚空蔵菩薩だとわかると説明します。
でも宝珠だけを見て「はい虚空蔵」と終わると、もったいない。次に見る場所は三つです。目、手、そして周りの光です。目は、伏し目がちか、力強く見開くかで印象が変わります。手は、宝珠を「握る」のか「掌に載せる」のか。光は、円光が月輪として強調されているか。e国宝は、月輪の中に坐す虚空蔵の作例を詳しく説明しています。
宝珠は入口の札です。札を見たら、次は“その像が何のために作られ、どう使われたか”を探す。ここまで行くと、像の前の時間が一気に深くなります。
鑑賞が難しいと感じたら、「この像は、見る人の心を何に向けさせたいのか」を考えてみてください。宝珠なら中心、円光なら集中、与願印なら安心。そうやって読むと、難しい言葉が少し身近になります。
「円い光(円光・月輪)」が意味すること
円い光は、仏像・仏画の中でよく出てくる表現です。虚空蔵菩薩の場合、e国宝の解説で「白い大きな円形(月輪)」の中に坐す姿が求聞持法本尊の姿だ、と説明されています。
また別のe国宝解説でも、月を表す大きな円光の中に坐す虚空蔵が説明されています。
月輪を見たとき、現代の読み方としては「集中の枠」と捉えるとわかりやすいです。人は、枠があると集中できます。時間なら15分、場所なら机の前、行動なら問題集を1ページ。枠の中でやるから、続きます。
求聞持法の説明を読むと、まさに枠づくりの連続です。静かな場所、掲げる絵、繰り返す言葉、毎日続ける。 宗教の話であると同時に、集中の技術の話でもある。だから受験の時期や迷いが多い時期に、虚空蔵が身近に感じられる人が多いのだと思います。
作品ごとの違いを楽しむためのチェック表
「虚空蔵菩薩の像はこれ」と一つに決めると、鑑賞はすぐ終わってしまいます。実際には作品ごとに違いがあり、しかも公的解説も慎重です。奈良国立博物館は、求聞持法本尊の図像に一致しつつ相違もある、と説明しています。
そこで現地で使えるチェック表を置きます。答え合わせより、観察の質が上がるのが目的です。
| チェック項目 | 〇/△/× | メモ(短くてOK) |
|---|---|---|
| 宝珠がある | ||
| 月輪・円光が強い | ||
| 与願印に見える | ||
| 宝冠が印象的 | ||
| 解説に「求聞持法/虚空蔵法」 |
表が役に立つ理由は、見る順番が固定されるからです。順番が決まると緊張が減る。緊張が減ると像の前で落ち着ける。落ち着くと細部が見える。
そして細部が見えると、ご利益の話も現実的になります。「自分は何を授かりたいのか」「自分は何を続けたいのか」が、像を見ながら自然にまとまるからです。
文化財解説を読み解くコツ(難しい言葉のほどき方)
文化財の解説文は、言葉が難しく感じることがあります。でもコツを知っていれば読めます。たとえばe国宝の解説には「与願印」「五仏宝冠」などが出てきます.
読み方のコツは三つです。
一つ目、知らない言葉は「飛ばして全体をつかむ」。いきなり全部理解しなくていい。
二つ目、繰り返し出る言葉だけ拾う。虚空蔵なら「宝珠」「月輪」「求聞持法」「虚空蔵法」です。
三つ目、目的語を探す。「何のために使われたか」が書かれていることが多い。e国宝は「虚空蔵法の本尊として用いられた」といった目的を明記します。
これだけで、解説は“暗号”から“案内板”に変わります。案内板として読めると、参拝や鑑賞の時間が濃くなります。
参拝・拝観で失礼にならない写真とマナー
寺院や博物館では撮影ルールが場所ごとに違います。だから基本は「現地の案内に従う」です。許可されている場所でも、フラッシュや三脚、他の人の邪魔になる撮り方は避けます。
これは単なるマナーではなく、自分の体験を守るためでもあります。写真に必死になると、像を“見る”時間が減ります。虚空蔵菩薩のご利益が「記憶」と結びつくと聞いたことがあるなら、なおさらです。記憶に残したいなら、写真より先に、自分の目で落ち着いて見る時間を確保した方がいい。
おすすめは、撮影できる場合でも最初の数分は撮らないこと。先に全体を見て、宝珠や月輪などのサインを確認してから撮る。そうすると、写真が「メモ」になります。
また、像の前での会話は小さめに。静かな場所でこそ、求聞持法の話で出てくる“集中”が少しわかります。それ自体が参拝の価値になります。
十三参りで虚空蔵菩薩が身近になる
十三参りとは何か——なぜ虚空蔵菩薩に参るのか
十三参りは、虚空蔵菩薩と結びついた行事として有名です。浅草寺の年中行事の説明では、十三参りは13歳になった男女が虚空蔵菩薩にお参りする習わしだと書かれています。
なぜ虚空蔵菩薩なのか。浅草寺は理由を明確に書いています。虚空蔵菩薩の縁日が13日であり、13歳と同数であるため。そして虚空蔵菩薩は智慧、特に記憶力増進のご利益があるとされ、その法力を賜わる意味もある、と説明しています。
さらに浅草寺は、13歳が干支が一巡する年齢で、心身ともに大人へ向かって発達してゆく年頃であり、かつては成人式の意味合いもあった、と述べています。
ここが大切です。十三参りは、ただの願掛けではなく「節目を自覚する儀式」です。自分の頭で考え、覚え、選ぶ覚悟を持つ。その背中を押すのが虚空蔵菩薩だ、と読むと、行事の意味が腑に落ちます。
4月13日前後と「縁日13日」の意味
浅草寺は、十三参りを「4月13日前後」と案内しています。この「前後」が実は大事です。行事は一日で終わるものではなく、準備と振り返りがあって初めて体験になります。
縁日が13日だという説明も、同じページにあります。縁日は「縁が結びやすい日」として意識されますが、現代的には「続ける区切り」を作る日として使えます。
たとえば毎月13日を「学びの棚卸し」にする。今月できたこと、つまずいたこと、来月の中心を一言。これだけで、知恵が整理されます。虚空蔵菩薩の“蔵”は、集めるより整えることに向いています。
十三参りが終わった後も、縁日をきっかけに「戻る日」を作っておく。これが、行事を一過性で終わらせないコツです。
「ご真言を授ける」とはどういうことか
浅草寺の説明には、十三参りの子供たちに虚空蔵菩薩のご真言を授ける、と書かれています。
「授ける」は、魔法の言葉をもらう、というより、「心を整える合図をもらう」に近いです。真言は、唱えること自体が呼吸を整え、意識を一点に集める行いになります。求聞持法の説明でも、陀羅尼を集中して唱えることが書かれています。
ただし、真言は宗派や寺院の作法によって扱いが違うことがあります。記事として大切なのは、表記や回数を断言しないことです。現地で授かった場合は、その寺院の案内に従う。それがいちばん正確で安全です。
真言を「やることリスト」にせず、「戻る合図」にする。勉強が続かない日、心が散る日ほど、短く唱えて深呼吸する。そのくらいの距離感が、虚空蔵菩薩の“知恵と福徳”に合います。
振り返らない作法は、怖がらせずに理解する
十三参りには「帰り道で振り返らない」という言い方が広く知られています。ただ、寺院公式の説明に常に書かれているとは限りません。ここでは、伝承的な作法として「意味」を読みます。
振り返らないのは、「授かった知恵が逃げるから」という怖い話にしがちです。でも本来の価値は、節目を“体に刻む”ところにあります。振り返らないと言われると、人はその時間を真剣に過ごします。スマホを見ず、道を感じ、家族の声を聞く。そういう集中が、記憶に残ります。
だから現代の提案としては、振り返る・振り返らないを恐怖で縛るのではなく、「帰るまでスマホを見ない」に置き換えると、同じ効果を作りやすいです。
虚空蔵菩薩のご利益を大切にするなら、怖さではなく、落ち着きと集中を増やす方向で作法を扱う。これが、信仰をやさしく続けるコツです。
大人にも使える“節目の参拝”の作り方
十三参りは子供の行事ですが、考え方は大人にも使えます。節目は年齢ではなく、状況で来ます。進学、転職、資格、引っ越し、受験の再挑戦。
浅草寺の説明の言葉を借りるなら、目的は「智慧、特に記憶力増進の法力を賜わる」ことです。大人向けに言い換えるなら、「必要なことを忘れず、迷いを整理して、続ける力を受け取る」。
作り方はシンプルです。お願いを一つに絞る。期限を決める。帰宅後に最初の一歩を実行する。これだけ。
お願いの例は「毎日15分の復習を続ける知恵をください」「資格の過去問を週3回回す余裕をください」。具体的にすると、参拝が“決意の確認”になります。
虚空蔵菩薩は、派手な願いより、淡々と積み上げる願いと相性がいい。公的解説の落ち着いた言葉を読むと、そんなふうに感じます。
ご利益を「現実の手応え」に変えるための設計
記憶力増進を、今日からできる形に置き換える
文化遺産オンラインは、虚空蔵菩薩を本尊とした修行で記憶力が増進できると考えられたことが、信仰が広がった大きな理由だと述べています。
ただし現代では、ここを誇張せずに行動へ置き換えるのが大切です。記憶力とは「一回で全部覚える力」より、「必要なときに思い出せる力」です。思い出す力は、読んだ量より“思い出す練習”で伸びます。
たとえば教科書を閉じて要点を3行で言う。問題を解いた後、解法を一言で説明する。これだけで、記憶の残り方が変わります。
求聞持法の説明が示す核も、結局は「繰り返し」と「集中」です。だから生活では、回数や儀式をまねる必要はありません。自分の生活の中に“短い繰り返し”を作ればいい。
おすすめは「1日1回、昨日やったことを思い出す」だけ。5分でいい。これを続けると「思い出せた」という体験が増え、自信が増え、続きます。ご利益を現実に感じる道は、こういう形です。
学業成就は「再現性」——勉強の仕組みを作る
学業成就を願うとき、点数を願いがちです。でも点数は波があります。虚空蔵菩薩の知恵に寄せるなら、願うべきは再現性です。再現性とは「同じ条件なら同じように解ける」状態です。
再現性を作るコツは三つ。
範囲を小さくする。必ず思い出す。間違いの理由を一行で残す。
この三つを回すと、勉強は“やった気”から“できる”に変わります。
虚空蔵菩薩が記憶力増進と結びついた背景(求聞持法の本尊)は、学びと相性がいいです。ただし、願いは願い、勉強は勉強。だからこそ、願いを「仕組みが続くように」と置くと、嘘がなく強い。
お願いの例は「復習を毎日続ける知恵をください」。結果がどうであれ、身についた仕組みは残ります。
技芸上達は「型」——小さく反復して積む
技芸上達も、虚空蔵菩薩のご利益として語られやすい分野です。ここでの落とし込みは、暗記より単純です。上達は「型」と「反復」です。
型が決まっていない練習は、上達が遅くなります。今日はこれ、明日はあれ。気分で動くほど、手応えが薄くなる。だからまず型を一つに絞ります。楽器なら苦手小節、スポーツならフォームの一点、絵なら線の引き方、料理なら包丁の持ち方。
反復は短くていい。10回でいい。大切なのは、毎回同じ一点を意識すること。意識が散ると、反復が作業になります。虚空蔵菩薩のイメージに合わせるなら、「蔵に入れる一つ」を決める感覚です。
求聞持法が示す「集中して繰り返す」という核は、ここでも同じです。だから願いは「才能をください」より、「型を崩さず続ける集中をください」のほうが現実に効きます。
福徳(運・金運)は「整う」——消耗を減らす
e国宝の解説は、虚空蔵菩薩が広大無辺の福徳と智慧をもち、それを人びとに与えると説明します。
この福徳を、現代でいちばん実感しやすい形にすると「整う」です。整うとは、無駄な消耗が減り、必要なことに力を使える状態です。金運で言えば、収入が増えるより先に、無駄な出費が減って残る。時間で言えば、突然暇になるより、迷う時間が減って余裕が生まれる。
整える行動は地味です。固定費を見直す、持ち物を減らす、予定を詰めすぎない、睡眠を守る。でも地味だからこそ、続くほど効きます。
虚空蔵菩薩の福徳を願うなら、「増やす」より「減らす」を先に置くのがコツです。消耗が減ると学びも仕事も続き、結果が出て、また福徳が回りやすくなる。こういう循環が作れます。
お願いの言葉を作るテンプレ:短く、具体的に、行動へ
最後に、お願いするときの言葉を作るテンプレを置きます。宗教的な正解ではなく、「願いが生活に残る」ための形です。
ルールは三つ。短くする、具体的にする、行動に結びつける。
浅草寺は、虚空蔵菩薩が智慧、特に記憶力増進のご利益があると説明しています。 この“特に”がヒントです。自分の今の課題の中で「特に」必要な一点を選ぶ。選ぶと願いが定まります。
| 目的 | お願いの形 | 例 |
|---|---|---|
| 記憶 | 続ける行動+知恵 | 毎日復習する知恵をください |
| 理解 | つまずき場面+判断 | 分からない所を放置しない判断をください |
| 継続 | 回数+余裕 | 週3回過去問を回す余裕をください |
| 整える | 減らす対象+勇気 | 無駄遣いを止める勇気をください |
| 節目 | 期限+中心 | ○月までに基礎を固める中心をください |
この表の良いところは、願いがそのまま“行動計画”になることです。虚空蔵菩薩のご利益を、現実の手応えとして受け取りたいなら、願いを行動へ接続する。これがいちばん確実です。
まとめ
虚空蔵菩薩は何の仏様か。資料に沿って言うなら「虚空のように広大無辺の知恵と福徳をもち、人びとに与える菩薩」です。
日本では8世紀ころから信仰が広がり、その背景には、虚空蔵菩薩を本尊とした修行で記憶力が増進できると考えられたことが挙げられます。
密教では、求聞持法と虚空蔵法という目的の違いがあり、修法によって図像が異なることも公的解説で確かめられます。
そして現代の私たちがご利益を受け取るコツは、奇跡を待つことではなく、願いを「短く、具体的に、行動へ」つなげることです。覚える、理解する、続ける、整える。虚空蔵菩薩は、この土台に寄り添う仏さまだと捉えると、参拝や鑑賞がぐっと身近になります。


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